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 幕前 夢
 
 

――夢を見ている。
 何の脈絡もなく人影が顔を出したとき、伊吹萃香はそう自覚した。同時に、これがいつのことだったかと推察する。
 人影はまだ幼く、十五よりも若いことは確実だろう。人外、化生、妖怪などと呼ばれるものには見た目から年齢を推察できないものも数多いが――自分自身がいい例だ――、殊人間に関しては、少々の例外はいるものの概ね見た目通りの年齢をしている。
それに何より、その顔はよく覚えている……忘れられるはずも無い。
 その人影は、萃香のよく覚えている顔でにこりと笑い――

  
 一

 

太陽が地平線から顔を出すのとほぼ同時に博麗霊夢は目を覚ました。布団から出ようとして、はたと今は夏真っ盛りだったと思い出す。
 夏なら日の出が早いのも当然、ならもう少し寝ていても差し支えない。いそいそと布団を被って夢の世界へ――
「れ〜〜〜〜い〜〜〜〜む〜〜〜〜!」
「…………何よ、萃香」
 渋々ながら、ぱあん、と威勢よく開かれた障子の方へ目を向けると、そこにいたのは年端も行かぬ少女。いや、見た目は少女でも齢はとても少女などとは言いがたい。それに何より、頭の左右から張り出した角と、両手首に付けられたじゃらじゃらと音を立てる大きな鎖が、少女などではない、人間ではないと主張していた。
 その妖怪――伊吹萃香は、目をらんらんと輝かせて宣言した。
「お祭りをしよう!」

神社において祭りはただ人が集まり騒ぐだけの宴会ではなく、そこにいる霊を鎮め、神に祈願する役目を持っている。祭りの催しに、大音響のライブや芸に混じって、粛々と行われる祈祷や神事は勿論そのためのものだ。
つまり、ただやりたいからというだけの事で、勝手に祭りを行うわけにはいかない――と、普段の巫女服に着替えながら霊夢は萃香に説明した。分かった? と縁側を見れば、案の定むくれる子鬼の姿に、本当に私よりずっと年上なのかしら、と、表情には出さずに思う。
ぶう、とそれこそ見た目どおり子供のように頬を膨らませてしゃがみ込んだ子鬼は、子供のように駄々をこねる。
「いーじゃんかよー。やりたいんだよー」
「皆で集まって騒ぎたいってんなら、それこそ普段の宴会でもいいじゃない。それとも何、祭りじゃないと駄目な理由でもあるの?」
「……別に、普段の宴会じゃあ何か飽きたから、縁日っぽくしたいだけ」
そう言ってそっぽを向くのを見て、霊夢は一つ溜息をついた。袴を履きながら思い出したように、
「……今年は空梅雨だったから、人里で水が不足気味みたいね」
 ぽつりとそう言うと、萃香は一瞬きょとん、としたが、すぐににんまりと満面の笑みを浮かべる。
「さっすが霊夢! 分かってくれたん――」
「但し、縁日っぽく、って言うんなら、当然屋台が出るわね。場代やら出展費用やらは屋台から直接取るとしても、何の店が出るかは知らないわよ」
じろりと睨むように彼女を見てそう釘をさすと、萃香は一瞬、ぐ、と声を詰まらせたが、直ぐにいつもの不遜な笑みを浮かべて瓢箪から酒をあおる。
「なら、出店は全部私が決めていいって訳?」
「どうぞご自由に。その代わり、私は一切そっちには干渉しないから」
上着を羽織って改めて縁側を見ると、そこにはもう妖怪の姿はなかった。



  幕間 思惑


箒を手に外に出ると、朝焼けはもう過ぎて青い空が広がっていた。まだ朝だというのに少し暑いくらいで、否が応にも一日中暑くなりそうだと予感させる。
気温に文句を言っていても始まらない、と、霊夢は箒を握りなおした。
が、不意に気配を感じて、霊夢は縁側を振り向いた。いつの間にかそこにはちょこんと影が一つ座っていた。萃香とは違い少なくとも霊夢より年上に見えるが、外見と実年齢が噛み合わないという点では彼女と大差ない。
その少女は口元に妖艶な笑みを浮かべて、ひらひらと手を振った。
「はあい、霊夢」
「……何よ、紫」
境内の掃除は後でやることにして、霊夢は紫の隣に座った。少女――八雲紫は、どこからか湯飲みを取り出して、優雅に一口お茶をすする。
「ふう、朝日を浴びていただくお茶は格別ですわ」
「何か用なの? 用がないんなら帰って頂戴、掃除の邪魔だから」
「あらあら、邪険にされたこと」
霊夢の棘のある視線を気にする風でもなく、紫はふふ、と笑う。霊夢もそんな紫を気にするでもなく、黙って夏のそよ風を浴びた。
しばしの沈黙の後、紫が再度口を開いた。
「あの鬼のことだけど」
「萃香ならもうここにはいないわよ」
「ええ、分かってるわ。唯一つ、老婆心ながら忠告を」
紫は妖しげに笑い、
「あの鬼は祭りをだしにしているだけ。目的は他にあるわ」
その言葉を聴いて、霊夢はわずかに眉を上げた。
「――分かってるわよ、そんな事」





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